<復活節第六主日>

2019年5月26日()   礼拝説教


「必要なことはただひとつだけ」  (石田 摂子牧師)

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2) 新約聖書
ルカによる福音書、10:38ー42


◆マルタとマリア

38 一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。
39 彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。
40 マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」
41 主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。
42 しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」




(聖書 終り)


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◇ 説教 
(石田 摂子牧師)         2019年5月26日

「必要なことはただひとつだけ」

私たちは日常的に
あらゆることを比較して生きています。
買い物に出かけても、 
買うものを吟味し、
自分の納得のいくものを買い求めます。
我が家は最近、
裏のスーパーマーケットがなくなり、
別のスーパーマーケットで、
どこがよいか比べ中です。
家から便利な場所。
良い生鮮物がある。
店内がゴチャゴチャしてない。
等々。
今までの生活が脅かされる程の状況に、
まだまだ戸惑っています。
私たちは物にかぎらず、
つい人を比べることもしがちです。
とても行動的な人であったり、
物静かであったり、
寂しがり屋であったり、
面倒見が良かったり・・・。
とても忍耐強かったり、と。
わたしたち人間が
一番扱いにくい生き物かもしれません。
性格一覧を見てみても
300種類とも400種類とも言われる程、
私たちが出会う人は、
殆ど自分とは違う性格です。
人は、一人一人違うので、
比べたくもなるのでしょうか。
今日の聖書には、
全く性格の違う女性が二人登場します。
ここに登場する二人は
全く違う性格の女性たちです。
二人に一つ共通しているのは、
主イエス様が大好きだということです。
このマルタとマリアが住んでいる村を、
イエス様と弟子達が通られるというのです。
マルタはイエス様一行を自宅に招きました。
イエス様ご一行を自宅に招いたマルタは、
一気に大忙しくなりました。
当然のことです。
考えるより先に
行動に移る性格だったのかもしれません。
イエス様一行を家に招き入れるのは
大変なことです。
事前からわかっていて
準備をしていたわけではありません。
目の回るほどの大変さだったことでしょう。
気がつけば、マリアはイエス様の足もとで、
イエス様の話に聞き入っています。
そのままであったら
何の問題もなかったのですが、
忙しく接待していたマルタが、
イエス様に文句を言ってきたのです。
イエス様というお方を接待するのに、
何も手伝わないので、
頭にきたのでしょう。
マルタはイエス様を心から接待し、
ゆっくり休んで欲しかったのでしょう。
ところが、接待にドンドン時間がかかり、
なかなか思うように出来ない自分にも、
イライラしてきたのでしょう。
マルタの堪忍袋の尾が切れてしまいます。
光景が目に浮かびます。
マルタの怒った態度に不思議な顔のマリア。
実にあるある光景です。
この二人の女性の気持ちは良くわかります。
このマリアもマルタも、
大好きなイエス様を歓迎して、
喜んでもらいたかったのです。
私たちも日常の生活の中で
良くあることではないでしょうか。
イエス様は決して
二人のどちらかを批判したのではありません。
私たちはどのような選択をすれば良いのか、
そのことを問われたのです。
時に私たちは、
自分の立場からだけ物事を考え、
優劣をつけ、批判したり、
卑下したりして落ち込むこともあります。
そして、私たちは、人と比較するのではなく、
自分なりのしかたで、
神様に喜ばれる生き方を歩む事が、
私たちの願うべき生き方ではないでしょうか。
詩篇の詩人は
「喜び祝い、主に仕えよ」と歌いました。
主に仕える喜びがなければ、
なんと虚しいことではないでしょうか。
自分を誰かと比べるのではなく、
私を創り命の息を吹き入れてくださった
神様に喜ばれる生き方。
そしてそれは「ただ一つだけ」。
何と比べて
ただ一つのものを見いだせると言うのでしょうか。
今更マルタの性格や働きぶりを
変えることなどできません。
必要なことはただひとつだけ。
怒り心頭のマルタに主は答えられます。
「マリアは良い方を選んだ」と。(42節)
主は、マルタの歓迎の食事より、
何よりも大切なものがある。と。
そしてそれはただ一つだけなのです。
あれもこれもではなく。
マリアはその良い方を選んだと主は言われます。
主は何と比べて良い方と言われたのでしょうか。
私たちの周りは情報に溢れています。
これも良い、あれも良い。
あっちは良いし、こっちも良い。。。。
情報社会と言われる現代は、
良いものも悪いものも、溢れています。
だからこそ、私たちは、
気をつけなければなりません。
何が正しくて何が悪いのか、
私たちは、この情報過多の時代を
どのように生きればよいのか。
私たちはこの世で生きるようにと
命が与えられました。
主は色々違う二人を登場させ、
私たちに生きる目的を示してくださいました。
「マリアは良い方を選んだ」と教えられました。
マリアは、周りがどんなであろうと、
自分の立場がどうであれ、
「主の言葉に聞き入っていた」と、
聖書は記しています。
私たちは、日々、あまりにも忙しく、
何が最も大切かを見失ってしまいます。
周りがどのようであれ、
主は待っておられます。
私たちが、良い時も悪いときも、
主の言葉に聞く事を。
マリアは周りのことに無関心だったのではなく、
慌ただしい周りの中でも、
主の御言葉に聞き入っていたのです。
私たちは、
まず主の言葉を聞く事を第一にしましょう。
何よりよりも大切なことは、
主の言葉を聞く事から始めることです。
その土台が揺らぐと、
全てが曖昧になってしまします。
私たちは、
どのような時も、何があっても、
全ての始まりは、
神の言葉にあります。
私たちは、どのような時もまず、
神様の言葉を聞くことから始めましょう。
その他の一切は、
その上に建てられることです。
どんなに忙しいときも、
私たちは、主に感謝し、
主に依りたのみ、
主に信頼して、
生きて行きましょう。
本当に必要なのはただひとつだけです。
主は言われます。
必要なことはただ一つだけ。
マリアは良い方を選んだ。
私たちは、ひとり一人違いますが、
主の言葉に聞き、
主の言葉に生かされて、
この世の歩みを全うしましょう。

(以上)


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