<復活の主日>

2020年4月12日()   礼拝説教
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「「キリストと結ばれている恵み」にとどまる」  (石田 学牧師)
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◇ 聖書  < 新共同訳 >

1) 旧約聖書
申命記10:12−13

◆神が求められること

12 イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、
13 わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか。


2) 新約聖書
ペトロの手紙一、5:12−14



◆長老たちへの勧め

12 わたしは、忠実な兄弟と認めているシルワノによって、あなたがたにこのように短く手紙を書き、勧告をし、これこそ神のまことの恵みであることを証ししました。この恵みにしっかり踏みとどまりなさい。
13 共に選ばれてバビロンにいる人々と、わたしの子マルコが、よろしくと言っています。
14 愛の口づけによって互いに挨拶を交わしなさい。キリストと結ばれているあなたがた一同に、平和があるように。



(聖書 終り)

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◇ 説教 
(石田 学牧師)         2020年4月12日

「「キリストと結ばれている恵み」にとどまる」

皆さま、復活祭おめでとうございます。

主キリストのご復活を心から喜び、

きょういっしょに祝いたいと思います。

キリストは人々に福音を宣べ伝え、

愛と憐れみ深さを表す生涯を生き、

その教えのゆえに捕らえられ、

十字架につけられて死に、

よみに降り、

ペトロの言葉を借りるなら、

「死んだ者にも福音が告げ知らされ」、

三日目に死者の中から復活なさいました。

主キリストはよみがえられた!

二千年の昔に起きた、

このキリストの出来事が、

わたしたちと何の関係があるでしょうか。

なぜ昔の聖者の話というだけでなく、

あるいは、

たとえキリストが神の御子だったとしても、

はるか昔に起きた出来事が、

なぜ時代を越えて全人類と関わりがあり、

今のわたしたちひとり一人と、

いったいどのような関係があるのでしょうか。

この疑問への答えはひとえに、

「キリストと結ばれている」という、

その事実にかかっています。

もしわたしたちがキリストと結ばれていないなら、

たしかにキリストの出来事は昔話でしょう。

しかし、もしキリストと結ばれているのなら、

話はまったく別です。

キリストの苦難と死、そして復活は、

キリストの身に起きた出来事であると同時に、

キリストと結ばれているゆえに、

わたしたちの身に起きる出来事でもあるからです。

わたしたちはこう信じます。

わたしたちはキリストと共に死に、

キリストと共によみがえらされると。

キリストと結ばれている。

そのきずなは物理的な繋がりではありません。

目に見えない、霊的な、

信仰のきずなによる繋がりです。

信仰のきずななどただの思い込みで、

確かめようのない不確かなものだと、

皆さんは思われるでしょうか。

いいえ。

ほんとうに確かで大切なものは、

目には見えないものです。

たとえば愛。

愛によって結ばれている確信の方が、

役所に提出した婚姻届という見える紙よりも、

はるかに力強く明確に、

夫と妻のきずなを確かなものにします。

わたしたちは見えるものにではなく、

見えないものに目を注ぎます。

キリストを信じること。

その信仰のきずなが、

わたしたちとキリストをつなぐのです。

わたしたちがキリストを信じるなら、

わたしたちの生涯はキリストと結ばれ、

キリストと共に生き、

キリストと共に死ぬ生涯です。

キリストを信じるなら、

キリストと共によみがえらされると信じます。

神の御子キリストが天から地に降り、

福音を宣べ伝えて地上を旅する者となり、

その生涯を十字架の上で終え、

しかし、それで終わることなく、

神によってよみがえらされ、

天に昇り、いまも天におられるように、

わたしたちもキリストと共に生き、

キリストと共に天の故郷を目指す旅人として、

この地上の生涯を歩んでいます。

1ペトロからの説教を、

昨年の12月1日から続けてきました。

きょうが最後です。

この手紙全体を通してペトロは、

キリストと結ばれている者は、

キリストと共に、天の故郷を目指して、

世を旅する旅人とされたのですと、

わたしたちに教えています。

わたしたちはキリストと共に生き、

キリストと共に復活させられる望みを抱いて、

この地上の生涯を旅しています。

ペトロは、それこそが神の恵みであることを、

わたしたちにはっきりと告げ知らせてくれます。

この地上の生涯をキリストと共に生きるとは、

どのようなことでしょうか。

それは、共におられるキリストの愛を信じ、

わたしたちもキリストの愛を生きることです。

それは、共におられるキリストの憐れみを受け、

わたしたちも憐れみ深く生きようとすることです。

それは、神の国と神の義を第一に求めよとの、

キリストの声をいつも身近に聞いて、

神の義を生きることです。

それは、この世の何かを一番大切なこととして、

わたしたちが追い求めるのではなく、

天にこそ朽ちることのない豊かさがあると信じて、

この世を旅人として生きることです。

そのような生き方がどれほど、

この世の価値・称賛・利益と異なることか。

どれほど人々から不思議がられ、

奇妙に思われ、危険視され、憎まれることか。

その究極の証が、キリストの十字架です。

愛を求め、憐れみ深さが神の裁きの量りだと説き、

敵を愛し、憎むもののために祈れと教えたために、

キリストは十字架で殺されたのですから。

ペトロの時代、

キリストを我が主、我が救い主と信じる人々は、

その信仰のゆえに不当な苦しみを強いられ、

悪者扱いされ、迫害されていました。

ペトロの時代はもちろん、いつの時代も、

人々は神の恵みを求めてキリストを信じました。

わたしたちだってそうです。

でも、神の恵みを受けているはずなのに、

どうして苦しみに遭うことになるのか。

それがキリスト者を苦しめる疑問でした。

なぜか。

その理由ははっきりしています。

ほとんどの人が神の恵みを、

安全、繁栄、成功、幸運のことだと考え、

その身に悪いことや不幸が起きないように、

そのために神を信じているからです。

人々はそのために神に祈り、

神に犠牲を捧げ、礼拝し、

神からの幸福を期待してきました。

それなのに、

神を信じたら逆に苦しみに遭うとは、

いったいどういうことでしょうか。

こうした疑問を抱いて悩む、

はるか東方の僻地に住むキリスト者に、

ペトロは神の恵みとは何かを、

あらためて思い起こさせたのでした。

神の恵みとは、幸運のことではありません。

神の恵みとは、

キリストと結ばれていることです。

それがペトロの手紙の核心部分です。

世の多くの人々が神の恵みと信じるものは、

どれも朽ちて失われるものにすぎません。

きょうは栄えていても、

明日は枯れてしまう。

きょうは持っていても、

明日には失われてしまう。

そのようなものにすぎません。

きょうは元気だからといって、

一年後も元気だと誰が保証できるでしょうか。

キリストを信じているかいないかに関係なく、

わたしたちには苦労も挫折も禍も病も訪れます。

しかも、キリストを信じているのであれば、

むしろそのことのゆえに不利益や苦しみがある。

ペトロはその事実をわたしたちに示します。

ペトロは、しかし、その先を告げます。

キリストのゆえに苦しむのなら、

その苦しみを耐え忍ぶだけでなく、

むしろ喜びなさいと教え励まします。

なぜなら、キリストのゆえに苦しむことは、

わたしたちがキリストと結ばれている証拠であり、

キリストと結ばれている恵みを生きていることの、

もっとも確かな証だからです。

キリストと結ばれて、

キリストと共に世の旅を仮住まいの身として歩み、

キリストと結ばれて、

キリストと共に復活乃望みを抱いて生きる。

「この恵みにしっかりと踏みとどまりなさい」。

ペトロはそのようにわたしたちに命じて、

わたしたちを世の旅へと送り出すのです。

「キリストと結ばれているあなたがた一同に、

平和があるように」と、

平和の祝福を与えながら。



(以上)

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