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朗読箇所

復活節第6主日  

旧約 列王記上8-27-30

◆契約の箱の安置とソロモンの祈り
27 神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません。
28 わが神、主よ、ただ僕の祈りと願いを顧みて、今日僕が御前にささげる叫びと祈りを聞き届けてください。
29 そして、夜も昼もこの神殿に、この所に御目を注いでください。ここはあなたが、『わたしの名をとどめる』と仰せになった所です。この所に向かって僕がささげる祈りを聞き届けてください。
30 僕とあなたの民イスラエルがこの所に向かって祈り求める願いを聞き届けてください。どうか、あなたのお住まいである天にいまして耳を傾け、聞き届けて、罪を赦してください。


新約 マルコによる福音書11:15-19

◆神殿から商人を追い出す
15 それから、一行はエルサレムに来た。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された。
16 また、境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった。
17 そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の
祈りの家と呼ばれるべきである。』
ところが、あなたたちは
それを強盗の巣にしてしまった。」
18 祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った。群衆が皆その教えに打たれていたので、彼らはイエスを恐れたからである。
19 夕方になると、イエスは弟子たちと都の外に出て行かれた。

説教

神殿は祈りの家であるはずだ

音声を聴く

  • イエス様は人々に教えを宣べ伝え、
    最後にエルサレムに行くことを決意しました。
    いま、イエス様と弟子たち、
    そして、従って来た大勢の群衆は、
    エルサレムにやってまいりました。
    日曜日にエルサレムに到着したイエス様は、
    まず最初の日になにをなさったかというと、
    神殿の中を見て回ることでした。
    エルサレム神殿。
    そこは建てられた最初から神の家。
    神がそこでご自身を現し、
    人々がそこで祈り、
    捧げ物を神に捧げる、
    もっとも聖なる場所でした。
    もちろん神は人間の造った建物になど、
    収まるはずはなく、
    そこに住むわけでもありません。
    しかし、神は人間の建てた神殿を、
    神が人と出会い、
    そこに集う人々の祈りを聞き、
    神が人々と交わる神の家として用いる、
    神の家であり祈りの家でした。
    神の家であるとすれば、
    神が遣わしたメシア、救い主である、
    神の独り子、主イエス・キリストにとって、
    神殿こそは主イエスの父の家であり、
    したがってご自分の家でもあるはずでした。
    「はずでした」というのは、
    実際には神の家とは程遠く、
    祈りの家と呼ぶにふさわしいとは、
    とうてい言えなかったからです。
    イエス様は聖なる神の家、
    神殿を「強盗の巣」と呼ぶのでした。
    日曜日にエルサレムに着いたイエス様は、
    父の家である神殿を見て回ります。
    神殿の境内を見て回ったイエス様は、
    深い嘆きを抱いて神殿を出て行ったはずです。
    なぜなら、本来の姿とはほど遠い、
    神殿の様子を目の当たりにしたからです。
    夕方、イエス様はいったんエルサレムを出て、
    近くの村ベタニアへと退きます。
    そしてその翌日、またエルサレムに上ります。
    途中、いちじくの木を見つけて、
    実を探すが、葉しか見あたりません。
    そこでイエス様は木に裁きの言葉をかけます。


    今から後いつまでも、
    お前から実を食べる者がないように。


    そしてふたたびエルサレムに入ると、
    こんどは確固たる信念をもって境内に入り、
    心定めてきたとおりのことをなさったのでした。
    なにを心に定めてきたのか、
    その行動を見れば明らかです。
    マルコは簡潔に、しかし明確に描写します。


    イエスは神殿の境内に入り、
    そこで売り買いしていた人々を
    追い出しはじめ、
    両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを
    ひっくり返された。


    最初で最後の、主イエスの荒ぶる姿です。
    なぜこれほどまでに激しいことをなさったか。
    マルコは動機を説明してはいません。
    しかし、間違いなく、
    主イエスは神殿が聖なる場所であることを、
    人々にはっきりと示そうとされたのでした。
    エルサレム神殿は、紀元70年に、
    ローマ帝国によって徹底的に破壊され、
    宝物はすべて戦利品として持ち去られました。
    ローマ帝国の凱旋行列を描いたレリーフには、
    エルサレム神殿の宝物や銀の燭台が、
    行列に掲げられて行進する様子が、
    くわしく描写されています。
    七本のろうそくを灯す銀の燭台などが、
    くっきりと描かれています。
    建物自体はほぼ完全に破壊されましたが、
    神殿の基礎部分は残されています。
    エルサレム神殿は、
    神殿の聖域全体を柱廊で囲む、
    広大な敷地の大神殿でした。
    斜面の多い土地に大神殿を築くため、
    土台となる建物の基礎は水平に作られました。
    そこで、傾斜地の下から見上げる土台は、
    巨大な城壁のように見えます。
    柱廊を抜けて中に入ると、
    そこは「異邦人の庭」と呼ばれる、
    大きな広場に出ます。
    なぜ異邦人の庭と呼ばれていたかというと、
    そこまでは異邦人も、
    つまりユダヤ人ではなくても入れたからです。
    異邦人の庭からさらに中に入ると、
    「女子の庭」があります。
    女性はここまでしか入れません。
    さらにその先に「男子の庭」があり、
    その奥に祭司が犠牲を捧げる聖所、
    聖所の一番奥には、
    大祭司でも特別な儀式の時だけしか、
    中に立ち入ることはできませんでした。
    ソロモンの神殿時代には、
    ここに契約の箱が置かれていました。
    前六世紀にバビロニア帝国に破壊された時、
    契約の箱も行方知れずになりました。
    だから、イエス様の時代には、
    そこには契約の箱はありませんでした。
    神殿に入って最初に立ち入る境内が、
    異邦人の庭という広場でした。
    いろいろな商売人がいたのは、ここでした。
    売られていたのは、ぶどう酒や油など、
    神殿への奉納物、
    そして犠牲として捧げる、
    鳩は羊などの動物。
    そして異邦人の貨幣、
    つまりローマやギリシアのお金を、
    ティルス貨幣という古代のお金に両替する、
    両替商がテーブルを広げていました。
    エルサレム神殿は巡礼者が世界から来ます。
    特に、過越の祭りの時期は、
    巡礼者であふれていました。
    遠くから、あるいは近くからでも、
    神殿で捧げる物を持参するのはたいへんです。
    犠牲の動物はなおさらたいへん。
    まして諸国からの巡礼者には不可能です。
    しかも、神殿で捧げるのに、
    傷ものやけがをしている動物は使えません。
    だから、人々は異邦人の庭に来てから、
    捧げ物や犠牲を購入したのでした。
    外の市場よりもかなり高い値段で。
    自販機で買えば120円のジュースが、
    高級レストランだと800円するようなものです。
    一般に流通していたローマ貨幣やギリシア貨幣は、
    汚れている異邦人のものですから、
    聖なる神殿に捧げるわけにはいきません。
    そこで、神殿だけで使われる、
    ティルス貨幣というお金への両替が必要でした。
    レートは、ちょっとわかりませんけれど、
    法外なレートであったはずです。
    イエス様は捧げ物や犠牲の動物を、
    境内で売っていたことを問題視したのでしょうか。
    ティルス貨幣への両替に怒ったのでしょうか。
    おそらくそうではないのでしょう。
    商売人たちはもちろんですが、
    それ以上に、神殿が、
    特に神殿の特権を握っている、
    祭司長たちが暴利をむさぼっていたことが、
    イエス様にとって一番の問題でした。
    独占販売ですから、法外な値段です。
    古代のティルス貨幣への両替など、
    ここでしかできませんから、
    手数料は驚くほど高額であったことでしょう。
    神殿が儲かる仕組みが出来上がっていたのです。
    神殿の組織と仕組みが、
    こうした利権を生むための構造に造られ、
    得られたけっこうな額の利潤は、
    祭司長らの貴族的な生活を支えるために使われ、
    権力を維持するために利用されていました。
    それはあこぎな祭司長もいるとか、
    不当な儲けをしている商売人もいる、
    などといった話ではありません。
    神殿の仕組みそのもの、
    社会の構造そのものが、
    不正な蓄財、悪徳商法を可能にしていたのです。
    だからイエス様は怒ります。
    商売人を追い出したり、
    テーブルや腰掛けをひっくり返したりすれば、
    あたりは大騒ぎになることでしょう。
    イエス様はご自分がなぜ怒っているかを、
    イザヤ書とエレミヤ書から引用して、
    人々に告げ知らせ、教えるのです。


    こう書いてあるではないか。
    「わたしの家は、すべての国の人の
    祈りの家と呼ばれるべきである」。
    ところが、あなたたちは
    それを強盗の巣にしてしまった。


    これには、最初驚いた人々も、
    納得しイエス様を支持したことでしょう。
    なにしろ、商人や神殿祭司たちが、
    暴利をむさぼっていることには、
    日頃から不満を抱いていたはずですから。
    神殿は本来、「祈りの家」であるはずでした。
    実際、神殿は最初から祈りの家でした。
    きょう旧約聖書は列王記上8章から読みました。
    ソロモン王がエルサレム神殿を建て、
    神に捧げた時の祈りが記されています。
    ソロモン王は、この神殿が、
    神への祈りの家であり、
    祈りを捧げる場だと語りました。
    それが神殿の意味であり目的なのです。
    神殿は神に捧げられたものであり、
    神への祈りの家。
    神殿の真の主は、大祭司でも祭司長でもなく、
    神ご自身です。
    そして、主イエスは神の御子ですから、
    神殿は主イエスのものであり、
    主イエスがそこにいるべき場所です。
    だから、イエス様は神殿を、
    「わたしの家」と呼んだのでした。
    自分の家が強盗の巣にされて、
    怒らずに放置する人がいるでしょうか。
    しかも、いまやメシアがご自分を表して、
    そこに来ておられるのです。
    終わりの日の裁きがおこなわれるべき時です。
    神殿は祈りの家でなければならない。
    それゆえのイエス様の振る舞いでした。
    イエス様は商売人を追い出し、
    テーブルをひっくり返しましたが、
    本当に怒りと裁きを向けたのは、
    あこぎな儲けの仕組みを作り、
    人々から献金と称して過剰な儲けをしている、
    神殿の祭司長たち、
    そしてそういう神殿の仕組みそのものでした。
    神殿は祈りの家でなければならない。
    そのことを表そうとする、
    主イエスの強い意志を実感させられます。
    聖なるエルサレムの神殿。
    それは祈りの家でもあるはずです。
    しかし、その神殿は、
    今から1951年前に破壊され、
    現在は土台と瓦礫しか残されてはいません。
    神殿は祈りの家でなければならない。
    それは、かつて存在したが、
    今は失われたエルサレム神殿の話でしょうか。
    使徒パウロは、あなたがたは神の神殿だ、
    そのように教えなかったでしょうか。
    キリストを信じる者は、
    聖霊が宿る神の神殿、
    キリストと結ばれて、
    キリストを宿す霊的な神殿。
    聖書はそのように教えていないでしょうか?
    わたしたちが、神の聖なる神殿であるなら、
    わたしたちは祈りの家であるはずです。
    それはいったいどういう意味でしょうか。
    わたしたちは祈りの家。
    それは、わたしたちが霊において、
    キリストと結ばれ、キリストの命に生かされ、
    キリストを内に宿す者だということです。
    それは、わたしたちが、
    わたしたちの存在そのものによって、
    神に祈りを捧げる者だということです。
    わたしたちは何を祈って生きるのでしょうか。
    神に感謝を捧げ、
    この世界と人々のために執り成しを祈り、
    わたしたちがこの世界に平和をもたらすことを、
    心から祈り求めることです。



    説教者 石田学牧師


週報より

  • 2021.05.09 週報より抜粋・要約

  • ♪きょうの礼拝によくいらしてくださいました。  
    皆さまを心より歓迎いたします。
    礼拝後、ティータイム(セルフサービス)
    をお楽しみください。
    感染防止のため、
    互いの距離をある程度お取りください。

    ・きょうから礼拝のかたちを少し変更します。
    「罪の悔い改めの祈り」を
    牧師が一人で祈るのではなく、
    「共同の祈り」として皆で共に読み、
    共に悔い改めを祈る形式にします。
    「とりなしの祈り」は、
    司式する牧師が祈ります。

    ・きょうは礼拝後、
    有志の方たちで十分間除草をいたします。
    除草にご協力くださる方は
    どうぞよろしくお願いします。
    時間が来ましたら終了のアナウンスをします。
    無理をなさらに範囲で、
    よろしくお願い致します。

    ・きょうは月報『モレノ』編集企画会をいたします。
    モレノ・チームの皆さまはよろしくお願いします。
    場所は付属館です。
    モレノ製作に関心がおありの方は
    ぜひ見学にいらしてください。
    モレノ6月号の原稿はきょうが締切ですが、
    原稿は常時募集しています。

    ・明日はナザレン教会関東地区牧師会が開かれます。
    オンライン(zoom)で、
    午後1時30分からの予定です。

    ・火曜日と金曜日はオンライン会議が予定されています。
    火は「礼拝と音楽」編集会議、
    金はNCC教育部プログラム委員会です。

    ・今週土曜日は「ハーベスト・チャーチの献堂式です。
    学牧師が出席して祝辞を述べてまいります。
    同じ市内の教会ですから、
    皆さまも祝福をお祈りください。


    ・書き損じ・出し忘れのはがきをください
    (アジア学院に寄付)
    ・洗礼(バプテスマ)・転会をご希望の方は
    牧師にお知らせください。


    ・小山駅・教会間の送迎をしています。
    詳しくは牧師にお尋ねください。
    東口のエスカレーター下を9:45出発、
    帰りは教会を12:40出発予定です。


  • 以上

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