小山教会ロゴ

小山教会ロゴ

トップページ   >   礼拝説教・週報一覧   >  沈黙の中に喜びの知らせ

朗読箇所

待降節第1主日

旧約 ゼカリヤ書 2:14–17


14 娘シオンよ、声をあげて喜べ。わたしは来て
あなたのただ中に住まう、と主は言われる。
15 その日、多くの国々は主に帰依して
わたしの民となり
わたしはあなたのただ中に住まう。こうして、あなたは万軍の主がわたしを
あなたに遣わされたことを知るようになる。
16 主は聖なる地の領地として
ユダを譲り受け
エルサレムを再び選ばれる。
17 すべて肉なる者よ、主の御前に黙せ。主はその聖なる住まいから立ち上がられる。」


新約 ルカによる福音書 1:1–25

◆献呈の言葉
1 わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。
3 そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。
4 お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。
◆洗礼者ヨハネの誕生、予告される
5 ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。
6 二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。
7 しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。
8 さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、
9 祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。
10 香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。
11 すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。
12 ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。
13 天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。
14 その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。
15 彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、
16 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。
17 彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」
18 そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」
19 天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。
20 あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」
21 民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。
22 ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。
23 やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。
24 その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。
25 「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」
◆イエスの誕生が予告される
26 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。

説教

沈黙の中に喜びの知らせ

  • 説教者  稲葉基嗣牧師

     

    祭司ザカリアは、年に2回まわってくる、
    一週間の神殿での当番をするために、
    エルサレムにやって来ました。
    その日は、祭司である彼にとって、
    とても喜ばしい日となりました。
    あるくじに当たったからです。
    そのくじは、神殿の中央にある、
    お香をたくための祭壇で、
    お香をたく役を決めるためのものでした。
    お香をたいたときに上がるその煙は、
    神に向かって捧げられる祈りが、
    神に届けられることを象徴していました。
    祭司たちを代表して、
    そのようなお香をたくことが
    この時のザカリアに与えられた役目です。
    なぜこの役目を得ることが
    喜ばしいことであったのかというと、
    祭壇の前でお香をたくというこの役目は、
    一生の間にたった1度しか
    経験できないものだったためです。
    ですから、この日はザカリアにとって、
    一世一代の晴れの舞台。
    心から待ち望んでいた日でした。
    ついにこの日が来たのだと喜び、
    与えられたこの機会を誇りに思いながら、
    彼は祭壇に近づいて行ったことでしょう。
    ユダヤ教の律法の説明によれば、
    お香をたく際、5人の祭司たちが一緒に、
    準備のために神殿へ入っていきました。
    お香をたくための準備を終えたら、
    お香をたく代表の人だけが残り、
    他の4人の祭司たちは、
    祭壇のそばから立ち去りました。
    この日、お香をたく役割を与えられた
    ザカリアも同様に、ひとり祭壇のそばに残されました。
    ザカリアは、決められた通りにお香をたき、
    ひれ伏して、神に祈ります。
    祈りを終えれば、神殿の外で祈っている
    仲間たちのもとへ行って、
    彼らを祝福するのみです。

    でも、残念ながら、この日、
    ザカリアは祝福の言葉を
    人びとに伝えることができませんでした。
    神殿を後にするその前に、
    ガブリエルという名の天使が
    彼の前に現れたからです。
    当然、ザカリアは驚き、うろたえます。
    そして、不安と恐怖で心がいっぱいになりました。
    まさかこんなことが起きるなんて、
    予想もしていなかったからです。
    そんな彼に向かって、
    天使ガブリエルはこのように語り始めました。
    「恐れることはない。
    ザカリア、あなたの祈りは
    聞き入れられた。」(15節)
    これはとても嬉しい知らせです。
    自分の祈りが聞かれたというのですから。
    でも、一体、どのような祈りが
    神に聞き入れられたのでしょうか?
    ザカリアが祈っていた、
    ユダヤの民のための祈りが
    聞かれたということなのでしょうか。
    それとも、もっと個人的な祈りを
    神が聞いてくださったということなのでしょうか。
    天使の言葉は、救い主メシアが現れる前に、
    そのメシアの為に道を備えるような人物が、
    ゼカリアのもとに産まれると伝えるものでした。
    その意味で、天使の言葉は、
    ユダヤ人たちの祈りが聞かれたことを
    ゼカリアに伝えるものでした。
    たしかに、それは喜ばしい知らせです。

    けれども、この天使の知らせを
    ゼカリアは喜ばしいものとは
    受け止められませんでした。
    というのも、子どもが与えられないことこそ、
    彼とその妻のエリサベトの長年の悩みであり、
    祈りであったからです。
    それは、もうとっくに諦めていたことでした。
    だから、自分たち夫婦に
    子どもが与えられるという知らせを聞いて、
    彼は耳を疑いました。
    喜ばしい知らせとして、
    素直に受け止めることはできませんでした。
    神が伝える約束や希望よりも、
    あり得ないという感情が先行してしまいました。
    自分も妻も、若くない。
    あり得ない。
    ありえません、そんなことは、と。

    たしかに、高齢であり、
    長い間子どもが与えられなかった
    女性がみごもることは、
    旧約聖書において
    よく知られている物語でした。
    祭司であるゼカリアにとって、
    それは、何度も耳にして、
    心に刻んでいた物語の一部で、
    とても馴染みのある知らせでした。
    アブラハムの妻サラや、
    預言者サムエルの母ハンナなどを通して、
    神は驚きと喜びを伴って、奇跡の業を行い、
    約束を果たされると、
    ゼカリアは旧約聖書の物語を聞くことを通して、
    何度も思い起こしてきました。
    人が望みを抱くことができない場所に、
    希望を与えるのが神の方法であることは、
    頭ではわかっています。
    でも、いざ自分がその当事者になって、
    神から約束を語られたとき、
    彼はその言葉を受け止めきれませんでした。
    混乱しました。
    信じることができませんでした。
    今抱えている現実が、
    彼にとってすべてでした。
    過去に諦めたことが実現するなんて、今更です。
    すぐには信じることが出来ませんでした。
    そのため、ザカリアは、
    こんな風に答えることしかできませんでした。
    「どうして、それが分かるでしょう。
    私は老人ですし、妻も年をとっています。」(18節)

    そんなゼカリアの言葉を聞いたとき、
    天使ガブリエルは、ゼカリアの口を閉ざしました。
    ゼカリアは言葉を奪われました。
    彼は、沈黙を強いられました。
    彼のその沈黙は、神殿での当番を行っていた
    一週間の間だけ続いたものではありませんでした。
    神殿での務めを終え、家に帰った後も、続きました。
    ガブリエルが告げたとおりに、
    エリサベトの妊娠がわかった後も、
    彼の口は閉ざされたままでした。
    彼の沈黙は、彼ら夫婦のもとに
    子どもが産まれるその日まで続きました。
    彼の沈黙は一体どれほど長いものだったのでしょうか。
    妊娠から出産までの期間を考えると、
    最長で10ヶ月ほどでしょうか。
    かなり長い期間、
    彼は言葉を奪われていたことになります。
    喜ばしい知らせを天使から聞いているのに、
    それを伝えるための口が塞がれているのは、
    何だか不思議です。

    その長い長い沈黙は、
    天使を通して与えられた
    神の約束を心で深く受け止めるために、
    ザカリアにとって
    必要な時間だったのかもしれません。
    言葉を発することができないザカリアは、
    必然的に、いろいろなものに耳を傾け、
    いろいろなものを見つめます。
    見聞きしたものに反応したい。
    そのたびに、彼は沈黙を強いられます。
    そして、彼の沈黙のきっかけとなった出来事を
    そのたびに思い出しました。
    神が喜ばしい知らせを届けてくれた。
    自分たちに子どもが与えられることは
    もう諦めていたけれども、
    そのような人間的には全く信じられないところから、
    神は何か新しいことを起こそうとしてくださっている。
    沈黙を強いられたからこそ、
    ゼカリアは神の言葉に耳を傾けました。
    そうやって、時間をかけて、
    彼の心に喜びが浸透していったのだと思います。
    けれども、神は、最終的に、ゼカリアを
    沈黙させたままではいさせませんでした。
    エリサベトが出産し、
    子どもにヨハネという名がつけられたとき、
    彼の沈黙は破られ、
    彼は神への賛美を歌い始めます。
    喜びの知らせをゼカリアに届け、
    ゼカリアを通して、その喜びを
    彼の周囲に伝えるために、
    彼の口は閉ざされたのでしょう。
    そう考えると、沈黙したゼカリアの存在そのものが、
    神からその当時のユダヤの人びとに向けられた
    メッセージのようにも思えてきます。
    神は必ず、沈黙を破られる。
    現実の格差の広がりや、宗教的な腐敗がある中で、
    将来に希望を見いだせず、言葉を失い、
    沈黙してしまう現実の中に、
    救い主メシアが訪れて、
    その沈黙を打ち破ってくださる。
    言葉を失ってしまう現実に、
    喜びと希望をもたらしてくださる。
    ゼカリアとエリサベトのもとに産まれる、
    洗礼者ヨハネの存在がまさに、
    その前触れとなりました。

    ザカリアが経験したこととは、また違う形で、
    私たちもまた、日頃、
    口を閉ざしてしまうことがあります。
    神の働きの中で、沈黙が起こることもあれば、
    私たちが諦めることによって、
    沈黙が起こることもあります。
    また、私たちが絶望するところで、
    沈黙は起こりますし、
    私たちが悲しむところで、
    私たちの口が閉ざされることもあります。
    わたしたちは何度も口を閉ざしています。
    この世界に不正義があり、
    神の愛や憐れみとは真逆の現実が
    広がっていることに気づけば気づくほど、
    失望ゆえに、口を閉ざしてしまいます。
    いや、適切な言葉を語れなくなります。
    けれども、神はその沈黙の中からでも、
    新しいことを行うことが出来る方です。

    きょうは旧約聖書から、
    預言者ゼカリヤの言葉を読みました。
    ゼカリアは言います。
    「すべての肉なる者よ、主の前に静まれ。
    主がその聖なる住まいから
    起き上がられたからである。」(ゼカリヤ2:17)
    私たちが口を閉ざさざるを得ないとき、
    わたしたちが沈黙をしてしまうとき、
    神は、立ち上がってくださる方です。
    きょうから教会暦は待降節に入りました。
    キリストの訪れを待ち望む季節です。
    日々の生活の中で、
    周囲の悪意や自己中心、
    誹謗中傷に心を擦り減らし、
    心が沈み、押し黙ってしまうことがあります。
    この社会で起こる差別や不正を見聞きして、
    適切な声を挙げられずに、
    沈黙してしまうことがあります。
    どれだけ声を上げても、
    それが無視され、
    沈黙させられてしまうことさえあります。
    この世界では、爆撃の音が鳴り響き、
    一人ひとりの小さな声が簡単に黙殺され、
    聞こえないものにされています。
    そんな世界にわたしたちは生きているからこそ、
    主キリストがこの世界の沈黙を打ち破り、
    喜びと平和をもたらしてくださることを
    わたしたちは強く待ち望んでいます。
    キリストはどのような沈黙の中にも、
    訪れてくださる方だと、
    わたしたちは信じているからです。
    どうかこのアドヴェントの季節がみなさんにとって、
    この世界が沈黙するところに、
    そして、わたしたちが沈黙してしまうところに、
    キリスト・イエスにある喜びや平和、
    神の愛や憐れみが訪れることを
    共に祈り続ける、そんな季節となりますように。

週報より

  • 2024.12.1 週報より抜粋・要約

  • ① きょうから教会暦は待降節(アドヴェント)に入ります。
    わたしたちの救い主であるイエスさまのご降誕を待ち望む季節です。
    アドヴェント・クランツのろうそくに、毎週1本ずつ火をともしていきます。

    ② 礼拝後、月例教会役員会をおこないます。
    教会役員のみなさまはよろしくお願いいたします。
    主な議題は、クリスマスと年末年始のイベントについてです。
    教会役員会で話し合ってほしいことがある方は、
    牧師または教会役員までお知らせください。

    ③ あすは、神学校クリスマス会と神学校教授会がZOOMで開催されます。
    神学生、神学校スタッフ、信徒説教者養成コースの受講生で
    一足早くクリスマスのお祝いをします。会の祝福のためにお祈りください。
    稲葉奈々さんと基嗣牧師が出席予定です。
    クリスマス会の前に神学校教授会も開催され、基嗣牧師が出席予定です。

    ④ クリスマス献金にご協力ください。
    牧師へのクリスマス手当、キリスト教関連団体への寄付などに用います。
    受付テーブルの献金袋をご利用ください。

    ⑤ クリスマス関連の集会案内を記載したポストカードを用意しました。
    季節のごあいさつや、ご家族やご友人をお誘いの際にご活用ください。

    ⑥ 3月までの礼拝当番表を作成しました。
    ご都合の悪い日がありましたら、牧師までお知らせください。


    ・能登半島地震の救援募金にご協力ください(受付テーブルの上にある家の箱)。
    ・書き損じ・出し忘れのはがきをください
    (アジア学院に寄付)
    ・洗礼(バプテスマ)・転会をご希望の方は
    牧師にお知らせください。

    小山駅・教会間の送迎(9:45東口出発)があります。
    詳しくは牧師にお尋ねください。


  • 以上

フッター画像