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朗読箇所

公現後第5主日

創世記 8:13–19


13 ノアが六百一歳のとき、最初の月の一日に、地上の水は乾いた。ノアは箱舟の覆いを取り外して眺めた。見よ、地の面は乾いていた。
14 第二の月の二十七日になると、地はすっかり乾いた。
15 神はノアに仰せになった。
16 「さあ、あなたもあなたの妻も、息子も嫁も、皆一緒に箱舟から出なさい。
17 すべて肉なるもののうちからあなたのもとに来たすべての動物、鳥も家畜も地を這うものも一緒に連れ出し、地に群がり、地上で子を産み、増えるようにしなさい。」
18 そこで、ノアは息子や妻や嫁と共に外へ出た。
19 獣、這うもの、鳥、地に群がるもの、それぞれすべて箱舟から出た。


ヨハネによる福音書 11:38–44

◆イエス、ラザロを生き返らせる
38 イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた。
39 イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。
40 イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。
41 人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。
42 わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」
43 こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。
44 すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。

説教

「出て来なさい」と主イエスは叫ぶ

  • 説教者  稲葉基嗣牧師

     

    「ラザロ、出て来なさい」。
    大声で呼びかける
    イエスさまの姿を
    ヨハネは紹介しています。
    ラザロが家の中に
    閉じこもっているのでしょうか。
    違いますね。
    イエスさまが叫んだ先は、
    ラザロのなきがらが
    収められているお墓です。
    想像してみると、それは、
    何とも奇妙な光景です。
    あり得ない方向に向かって、
    イエスさまが呼びかけているからです。
    ラザロのなきがらが
    収められていたお墓は洞穴でした。
    通常、その洞穴は
    亡くなった方の身体を収めた後、
    石で入口が閉じられます。
    イエスさまが呼びかける直前に、
    そのお墓の石は
    イエスさまの指示で
    取りのけられました。
    ですから、イエスさまが
    叫んでいるその先に、
    イエスさまのこの呼びかけに
    応えることができる人が
    お墓の中にいるはずありません。
    お墓の中は、イエスさまの呼びかけに、
    応えるような気配があるどころか、
    静まり返っています。
    命ではなく、死こそが、
    その場所を支配していたからです。


    その場にいた人たちも、
    そしてラザロの姉妹であるマルタも、
    この呼びかけに誰かが応えるなど、
    全く想像できませんでした。
    ラザロの姉妹であるマルタは、
    イエスさまが石を
    どけるように言った時、
    「もう臭います」(39節)と
    イエスさまに伝えます。
    ラザロが亡くなってから4日目になり、
    身体の腐敗が始まっていることは
    間違いありません。
    入口の石を取り除けるならば、
    肉体が腐敗した臭いが
    漂ってくることでしょう。
    マルタにとって、ラザロの死こそが、
    お墓の前に立つ自分の前に広がっている
    決して覆ることのない現実でした。


    お墓に向かって叫ぶイエスさまの姿は、
    そんなマルタとは対照的でした。
    ラザロの死という現実が覆ることを
    イエスさまは信じて、
    疑いませんでした。
    すべての人間の人生が、
    命から死へと向かって終わるものとは、
    イエスさまは決して考えませんでした。
    死の先に、復活の命がある。
    そのような確信をもって、
    イエスさまは石が取りのけられた、
    お墓の前で神に向かって祈ります。
    その際、イエスさまが祈っているのは、
    「どうかラザロを復活させてください」
    というようなお願いではありません。
    自分の願いを神が
    すでに聞いてくださったことに、
    イエスさまは感謝して祈っています。
    お墓を開いた時、
    ラザロの復活が既に実現したことを
    イエスさまは知ったのでしょう。
    そして、イエスさまは
    死から命へと移された
    ラザロの名前を呼んで、
    お墓に向かって叫びました。
    「ラザロ、出て来なさい」。


    すると、墓の中から、
    ラザロが出て来ました。
    ラザロの身体には、
    布が巻き付いていました。
    ユダヤの文化において、
    死者は布を巻かれて
    葬られたからです。
    身体の腐敗臭や、
    葬りの際に用いた香料の香りが
    入り混じったような匂いが
    その布から漂っていたかもしれません。
    死を象徴するような、
    彼に巻かれたその布は、
    お墓から出てきたラザロから取り払われ、
    ラザロは命へと移されました。
    ラザロの身体を覆っていたその布は、
    明らかに、彼を葬る際に、
    彼の身体に巻かれたものでした。
    ですから、この出来事は、
    ラザロの霊を人びとが見たというような
    神秘的な体験ではありませんでした。
    人びとがよく知っているあのラザロが
    身体のある状態で、
    よく見知ったあの姿で、
    確かに復活した
    という出来事でした。
    「出て来なさい」と
    イエスさまから呼びかけられて、
    ラザロが復活の命を与えられ、
    死から命へと移された
    という出来事でした。


    ところで、私は子どもの頃、
    天の国へ行くということは、
    死んだ後に身体から魂が離れて、
    神と共に永遠に生きることだと
    思っていました。
    でも、このラザロの復活の話もそうですが、
    聖書が希望として証言し、
    教会が信じていることは、
    身体の復活です。
    つまり、死を迎えた後、
    魂だけになって、
    神のもとへ行くことを
    復活と呼んでいるわけではありません。
    このような信仰の確信は、
    毎月1度、私たちが
    礼拝の中で一緒に声を合わせて読む、
    「使徒信条」の中でも
    言い表されています。
    私たちは、歴史上の信仰者たちと一緒に、
    身体の復活を信じています。
    私たちの常識では、
    死を乗り越えることは不可能です。
    けれども、神の愛が
    私たちの生涯を
    死に至るまで包み込み、
    死を迎えてもなお、
    神の愛と憐れみは
    すべての人に注がれ続けます。
    私たちの肉体は弱り、
    力を失い、朽ち果てていきます。
    けれども、それにも関わらず、
    神の前において、私たちの命が
    失われることはありません。
    「出て来なさい」と呼びかけられ、
    私たちは復活の命を与えられる。
    そんな日がすべての人に訪れることを
    ラザロの復活を通して、
    イエスさまは私たちに
    示してくださいました。


    そんなラザロの復活についてですが、
    私はひとつ思うことがあります。
    復活したラザロですが、
    最終的に彼はもう一度
    死を経験しているはずです。
    ですから、ラザロは二度も
    死を経験したことになります。
    その意味で、ラザロの復活は、
    一時的なものでした。
    ということは、
    ラザロに与えられた命は、
    復活の命であったとはいえ、
    不完全な形で与えられたもの
    だったともいえます。
    そんな不完全な形になってしまうのに、
    神はそもそもなぜ
    ラザロの復活を許したのでしょうか。
    悲しむラザロの家族や友人たちに、
    一時的な慰めを
    与えるためだったのでしょうか。
    そうではありません。
    ラザロに起こった出来事が、
    将来与えられるという希望を
    この出来事に触れるすべての人が
    心に抱くために、
    この出来事を神は起こしたのでしょう。
    ラザロのように、イエスさまから
    「出て来なさい」と呼びかけられて、
    死から命へと移っていく日が
    私たちにも訪れる。
    この物語は、そんな希望を
    私たちの心に
    確かなものとして吹き込みます。


    そんな将来の希望を
    私たちに提示することと同じくらい、
    私には、強く心を惹かれることがあります。
    それは、復活後のラザロが
    再び死を迎えるその日まで、
    神によって与えられた
    復活の命を生きていたことです。
    それはまるで、復活の命は、
    将来のためだけに
    与えられるものではないと、
    私たちに伝えているかのようです。
    ラザロが復活の命を生きたように、
    復活の命に生きる希望を
    与えられている私たちもまた、
    神に与えられる復活の命を今、
    生きることができます。
    そう、将来の希望は、
    今を生きる私たちに
    命をもたらします。
    私たちの人生に、
    私たちの行動に、
    この世界を見つめる私たちの存在に、
    神によって与えられる命が
    入り込んできています。
    主イエスの十字架によって、
    神の愛を受け、
    罪を赦されている私たちは、
    主イエスにあって、死から命へと
    既に移されています。
    ですから、主イエスにあって、
    私たちは神の命に包まれています。
    そうであるならば、
    私たちもまたラザロと同様に、
    いつもイエスさまから
    呼びかけを受けていると言えるでしょう。
    「出て来なさい」と。
    それは、神が私たちに与える
    命に向かって生きるようにという、
    神からの招きです。
    復活の命の希望を抱き、
    神の内にある命を
    握りしめてくださいという
    神からの招きです。
    この世界を見つめる時、
    神が与える命の豊かさとは
    正反対の事柄が
    平然と横たわっていることに気づきます。
    死の力に包まれ、
    私たちや共に生きる人たちの命が
    傷つき、損なわれてしまうことがあります。
    様々に異なる多様な人々がいて、
    多様な生き方があることが
    否定されたり、無視されることによって、
    多くの人の尊厳が傷つけられています。
    他者を信頼するよりも、
    力を手にすることに
    国家や社会が心を奪われるとき、
    平和が壊れていく音がします。
    防衛費の増強や
    憲法改定を求める声が
    強くなるほどに、
    私たちの当たり前の生活が
    脅かされていく思いです。
    そんな風に、私たちの周りに、
    死の匂いが漂って来るのです。
    だからこそ、イエスさまは
    私たちに向かっても、
    「出て来なさい」と呼びかけます。
    死ではなく、命に包まれて
    生きてほしいと願っています。
    死から命へと移り、
    主イエスにあって復活の命に預かる
    この希望をしっかりと掴んでほしいと、
    神は願っています。
    そして、神によって与えられている
    その命の豊かさをお互いに
    分かち合うようにと、
    私たちは招かれています。
    誰かを憎み、敵視するのではなく。
    誰かと奪い合い、争い合うのでもなく。
    誰かを踏みにじり、無視するのでもなく。
    お互いの命を喜び、
    慈しみをもって見つめる。
    良いものを分け合い、与え合う。
    そうやって、豊かな命を喜び合う。
    そのために、イエスさまは
    私たちに呼びかけておられます。
    「出て来なさい」と。
    主イエスにあって、
    復活の命を手にし、
    その命の豊かさを分かち合うために、
    「出て来なさい」。
    これがイエスさまがきょうも、
    私たちに向かって叫び、
    呼びかけていることです。

週報より

  • 2026.02.08 週報より抜粋・要約

  • ① 50周年記念の『モレノ』特別号のサンプルが届きました。
    ご寄稿や編集に携わってくださった皆さま、ありがとうございました。
    ご自分の書いた原稿に誤字脱字がないかご確認ください。

    ② 教会名簿の更新時期となりました。
    名簿に掲載する情報に変更がある方は、本日中に牧師までお知らせください。

    ③ 次週、礼拝後にランチの会と年次教会総会を予定しています。
    ランチの会のメニューはセルフサービスのサンドイッチです。
    総会は、教会員以外の方は議決権はありませんが、出席・発言はできます。
    やむを得ず欠席をされる方は、委任状のご提出をお願いします。
    委任状の書式はとくにありません。委任状は、LINEやメールでも提出可能です。

    ④ 外壁塗装のための献金へご協力お願いします。
    外壁塗装のための献金にご協力いただける方は、
    受付正面の壁にかけてある献金袋や予約献金の申込用紙をご利用ください。
    外壁塗装の献金は目標金額(145万円)まで残りおよそ6万円です。

    ⑤ 4月からの係の礼拝の係やチームにご協力いただける方を募集しています。
    週報にはさんである申し込み用紙をご覧ください。
    係を担当してくださる方は記入して、
    受付テーブルの上の白い箱に入れてください。

    ⑥ 教職感謝月間献金(2月の月間献金)にご協力ください。
    小さな教会で牧師給与が充分でない牧師たちのための補助に用いられます。
    献金袋が受付テーブルにありますので、ご利用ください。

    ・書き損じ・出し忘れのはがきをください(アジア学院に寄付)。
    ・洗礼(バプテスマ)・転会をご希望の方は
     牧師にお知らせください。
    ・小山駅・教会間の送迎(9時45分東口出発)があります。
     詳しくは牧師にお尋ねください。


  • 以上

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