青柳和成さんと君代さんご夫妻は、
わたしたち夫婦にとっても、
教会にとっても、
いろいろな意味で特別な存在でした。
君代さんは小山伝道所最初の受洗者でした。
最初に教会に来たのは高校生のときでした。
平山正実先生の紹介で教会に来た君代さんは、
可憐ではかなげな雰囲気が印象深い方でした。
自宅のあった那須から
列車を乗り継いで小山まで来て、
礼拝に出席したあと倒れてしまい、
牧師館に一晩泊まることになりました。
翌日、那須からお姉様が迎えに来られ、
二人で帰って行った姿は
いまも脳裏に焼き付いています。
看護師になりたいと望みましたが、しかし、
病のためにその願いはかないませんでした。
それでも看護や医療の本を熱心に読み、
看護師へのあこがれを抱き続けていました。
那須のお母様が亡くなり、
お姉様も結婚して横浜に出て行き、
帰るところを失った君代さんは、
その後苦労を重ね、
いつしか連絡が取れなくなりました。
何年か後に突然教会を訪れたとき、
君代さんはひとりではなく二人連れでした。
青柳和成さんです。
以来、二人で教会に来るようになり、
やがて小山に越してきてからは、
ご夫妻で毎週礼拝に集うようになりました。
お二人ともとても人なつこく、
教会の皆さまを愛し、また愛され、
二人の周りには
いつも教会の皆さまの輪ができていました。
君代さんの大きな貢献は、
和成さんを信仰へと導いたことです。
二十年余りの結婚生活の後、
君代さんを天の御国に送ってから、
和成さんは教会の役員として、
また親しい信仰の友として、
そして何よりも、月報『モレノ』の編集者、
表紙絵の画家として活躍してくださいました。
和成さんがいなくなる時が来るとは、
想像もしていませんでした。
突然呼吸困難に陥り、
市民病院に救急搬送されたと知らされた時は、
本当に驚きました。
治療の甲斐があり、退院してからは
再び教会の働きを担ってくださいました。
再入院、抗がん剤の治療が続き、
先行きの不安を覚えながらも、
このまま大丈夫にちがいないと、
わたしも摂子も自分に言い聞かせていました。
朝に夕に、神の癒しを祈ってきました。
しかし、和成さんがこの世の命を終え、
天の御国に帰る時は近づいていました。
もう治療の時期は過ぎ、
市民病院から緩和ケアのために
別の病院に移ることになり、
この機会をとらえて、
わたしたちは和成さんと会いました。
ハグをして祈り、
次は御国で会いましょうという言葉を、
この世での別れの言葉としました。
それが現実となりました。
わたしよりも若い幾人もの方を、
天の御国に送ってきました。
その方たちが皆存命であれば、
どれほど小山教会は最強であったことか。
そのように思うこともあります。
しかし、神さまの御心はそうではないのでしょう。
幾人もの方を天に送り、
わたしたちが再会を心待ちにする方が、
御国にまた一人増えました。
和成さんの葬儀は、
小山教会牧師としての、
わたしの最後の大きな役目になりました。
残念だが光栄です。
寂しいが天を見上げます。
悲しいが感謝します。
和成さんが天に召されてから三日後の19日、
年次教会総会が開催されました。
わたしたちが小山教会牧師として開く
最後の教会総会、そして、
次の牧師を迎える希望に満ちた教会総会でした。
出席者が少なく、
総会の成立が心配でしたが、
委任状を提出してくださる方が多かったため、
無事成立しました。
新年度役員選挙で、
次年度の役員五名が選任されました。
神の導きと祝福を祈ります。
当日の昼食は
炊き込みご飯と味噌汁を用意しました。
一升二合のごはんを計量カップで数えていて、
途中ふと何カップ目かわからなくなりました。
米を全部出して数え直すか・・。
思い悩んだ末、
こうだろうと推測するカップ数で水を張り、
炊飯しました。
さて、うまくできるか、
それとも水不足あるいは水過多か。
心配しましたが大丈夫でした。
3月26日は小山教会牧師として
最後の日曜日です。
この日はわたしと摂子で、
昼食を用意しようと思います。
メニューは思案中ですが、
カレーかクリームシチューを考えています。
石田学作のカレーもクリームシチューも、
自分で言うのは何ですが、おいしいですよ。
皆さまどうぞお楽しみにいらしてください。
わたしたちは4月以降も、
いなくなるわけではありません。
皆さまと一緒に礼拝を守らせていただきます。
毎週、会衆席に摂子と二人で
並んで座るのが楽しみです。
27日は日本キリスト教団関東教区の
研修会で講演をします。
日本国憲法の前文を
キリスト教の平和理念とのつながりで語ってほしい
という要望です。
さらに、「信仰で平和を作ることはできるか」
という問いに答えてほしいという要望です。
さて、何をどう語るか。
準備が間に合うかどうか、
少し焦り気味です。
逆に問いかけてみようと思います。
「信仰なしに平和を作ることはできるか」と。
ここで言う信仰とは、
キリスト教信仰というのではなく、
ヘブライ書た言うところの、
「信仰とは見えないものを確証することだ」
という意味での信仰です。
信仰なしに平和を考えると、
現実からしか考えないので、
軍事力に依存した疑似平和にしかなりません。
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